こんなに違う、肉食動物と草食動物の眼

  • 2019.06.20 Thursday
  • 14:31

こんなに違う、肉食動物と草食動物の眼

 

トウ先生、動物公園でウサギを見てきたのですが、人が後ろから近づいてもすぐに逃げてしまいますね。後ろに眼があるかのようです。

 

ウサギはほぼ360度の視界を持っています。つまり自分の周り全周が常に見えているといい、敵に追いかけられたときには真後ろの敵を見ながら逃げると言います。まさに背中に眼があるようなものですね。

ウサギだけでなく、ウマ、リスなども360度の視界を持っています。ウマの章でもお話ししましたが、競馬の場合は却って広く見えていると、観客席の騒ぎなどで気が散ってしまい不都合です。そのため、競馬の際には前方だけが見えるような遮蔽板をつけて走ります。

 

360度見えるというのはすごいことですね。それは眼の位置が関係するのでしょうか。

 

ヒトの眼は顔の前面に並んでおり、両眼の視線の方向はほぼ平行です。これに対して、ウサギの眼は顔の側面についており、右眼と左眼の視線の方向はほぼ背中合わせに近いものです。しかしながら、両眼視している部分は狭いので、立体感や距離感は悪いはずです。

一方、肉食動物であるライオン、クマ、タカなどの肉食動物は、両眼軸のなす角が小さく、視界は狭くなっています。

 

食動物と肉食動物では、見え方や視界が異なるのですか。

 

肉食動物は視界が狭いのに対して、草食動物は広い視界を持っています。肉食動物は他の動物を見つけて捕らえなければならず、そのためには自分の正面がよりはっきりと見える必要があります。一方、草食動物は肉食動物から逃げなければならず、そのためにはどこから敵が来てもすぐわかる必要があります。

 

物たちの視界の広さが、必要性に非常に適応した形になっているとは驚きです。

 

そういえば、動物園で人気の高いパンダは、数千年前までは中国大陸においてあたかも百獣の王のようにふるまっていた肉食動物でした。それがトラに駆逐され、次第に高山へと追いやられ、食用になる動物が十分に得られなくなったためにやむなくササの葉などを食べるようになりました。パンダが肉食動物であった名残りはその眼に残っています。ササの葉ばかり食べていても、その眼は草食動物の眼ではなく、両眼軸のなす角が小さく視野が狭い肉食動物の眼をしています。

 

(原作:医学博士  武藤政春)

 

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    人類を繁栄させたヒトの目の特徴とは?

    • 2019.05.06 Monday
    • 11:22

    人類を繁栄させたヒトの目の特徴とは?

     

    トウ先生、これまでに数多くの動物の眼についてお話しいただきましたが、私たち人間の眼についてはどうでしょう。他の動物にはない特徴はあるのでしょうか。

     

    視覚のある意味での鋭敏さという点では、ヒトの眼はタカ、ウ、ツバメなどの鳥類、カメレオンなどに劣ります。ただヒトの眼には他の動物にはない大きな特徴を2つ持っています。まずひとつは共同性の眼球運動がすぐれており、特に“より目”が出来ることです。もうひとつは視覚による想像力が豊かなことです。

     

    り目と想像力…それはどのように役に立つのでしょうか。

     

    より目が出来るということは、遠方だけでなく近方も両眼視して立体的に見ることが出来るということを意味しています。視覚による想像力が豊かであるということは、たとえばマンガや絵画を見て、あたかも実物を見ているのと同様に状況を把握できるということであり、人類が文字を生み出すことができた所以です。

    この2つの眼の特性が、人類が他の動物を凌駕し地球を支配するようになった大きな要因となっています。

     

    が強いとはいえない人類が地球を支配するようになったのは、他の動物以上の知恵が与えられていたから、とも言われますね。

     

    決してそれだけではなく、ヒトだけが持つ解剖学的な特性と眼の特性によるところが大きかったのです。少し説明していきましょう。

    解剖学的にヒトが他の哺乳動物と異なる点は、直立歩行、オトガイ(下顎)の発達、表情筋があることの3点と言われています。

    直立歩行によって上肢(手)を自由に使うことが出来るようになり、より目ができることで手先の仕事を容易になり、火や道具の発明や使用を可能にしていったはずです。また、オトガイの発達により複雑な発声が可能になり集団の中に言葉が生まれました。そして視覚による想像力が豊かなことが更に文字を生み出すことになり、コミュニケーション手段を一層発達させることになったのです。

     

    恵だけではなく、ヒトだけが持つ解剖学的および眼の特性が生み出した道具や言語というものが、他の動物を凌駕していく大きな武器になったのですね。

     

    (原作:医学博士  武藤政春)

     

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      日本人とトラコーマ 〜トラコーマの歴史(2)〜

      • 2019.04.04 Thursday
      • 14:03

      日本人とトラコーマ 〜トラコーマの歴史(2)〜

       

      回は伝染性の眼病トラコーマが世界中に広がっていった歴史についてお話しいただきました。その恐ろしいトラコーマが、日本に伝わったのはいつなのでしょうか。

       

      チンギス・ハンの大遠征によって、お隣の中国にはかなり古くからトラコーマがありました。しかし日本には殆ど伝わっていなかったようです。これは日本が島国であったことが幸いしていたようですね。

      日本にトラコーマが蔓延するようになるのは、御多分にもれず戦争をきっかけとしてでした。明治27年に起こった日清戦争で、日本の兵士が大挙して中国大陸に渡りましたが、この兵士達がかの地でトラコーマをもらい、これを持ち帰ってから、日本にも猛烈な勢いで伝染するようになったのです。

       

      ラコーマは明治時代に伝わったのですか。やはり日本でも戦争が契機になったのですね。

       

      トラコーマがどれだけ慌しく日本に渡来したのかというのは、その名前をみてもわかります。病気の名前というのは、日本語でも名付けられているのが普通ですが、トラコーマだけは余りにも急速に日本中に蔓延したために、日本語の病名を名付ける暇がなく、唯ラテン語のTrachomaを片仮名にしただけになっています。

      Trachomaというのは、ラテン語のtrachys(ざらざらな)+oma(できもの)という意味です。トラコーマは、まぶたの裏の結膜に「つぶつぶ」ができて、眼がゴロゴロと痛むのが特徴であるが、そんな所からこのような名前が名付けられたのでしょう。

       

      ろしい眼病のトラコーマですが、現在の日本ではその名を聞くこともありません。

       

      日本において、実際にトラコーマが猛威をふるった期間はわずか50年くらいでした。戦後の抗生物質の開発、公衆衛生の充実によって、日本においてはほぼ撲滅された病気です。

      日本人にとって、トラコーマとの戦いはまさに一陣の風のようなものであったわけですが、その印象は今なお強烈なのです。

       

      (原作:医学博士  武藤政春)

       

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        世界が恐れた眼病とは 〜トラコーマの歴史(1)〜

        • 2019.03.27 Wednesday
        • 14:07

        世界が恐れた眼病とは 〜トラコーマの歴史(1)〜

         

        っかり花粉症にやられてしまって目が痒いです。この時期は辛いですね。

         

        私のところにみえる患者さんたちも随分辛そうですね。しかし正直な所、花粉症の患者さんを相手にしている分には気が楽なのですよ。間違っても失明に繋がる病気ではないからです。少し以前の眼科医が、失明の恐怖に曝された患者さんと共に、トラコーマと戦っていたことを考えれば、ずっといいですよ。

         

        ラコーマについてはあまり知らないのですが、どのような眼の病気なのでしょうか。

         

        トラコーマはトラコーマ病原菌による伝染性の眼の病気で、非常に強い結膜炎を起こし、やがて角膜にも濁りを生ずると失明することもある病気です。戦前の日本では失明原因の第一位を占め、大いに猛威を振るった疾患です。

         

        ろしい病気ですね。トラコーマはどのような由来の伝染病なのですか。

         

        トラコーマは元々エジプトやメソポタミア地方の風土病でした。これが8世紀以降、イスラム帝国の成立および、チンギス・ハンの大遠征で西はスペイン・ポルトガル、東は中国まで広がっていったのです。15世紀から16世紀にかけては、スペイン人やポルトガル人の探検家たちによって、新大陸へとトラコーマが伝播されていきました。

        そして19世紀、ナポレオンのエジプト遠征により多くの兵士がトラコーマにかかり、彼らの帰国によりイギリス・フランスにもトラコーマが蔓延することになったのです。

         

        ラコーマの伝播には戦争が大きく絡んでいるようですね。

         

        トラコーマにはmilitary ophthlmia(軍隊眼炎)という別名がありますが、まさに言い得て妙ですね。ナポレオンの戦争時、イギリス軍のある大隊では、兵士700人のうち636人がトラコーマにかかり、そのうち両眼失明した者50人、片眼失明した者40人に及んだといわれ、その伝染力のすごさがうかがえます。

         

        当に恐ろしいことですね…。そのようなトラコーマが日本に伝わった時のことを、次回ぜひお聞かせください。

                              

        (原作:医学博士  武藤政春)

         

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          動物の出目、ヒトの奥目

          • 2019.02.25 Monday
          • 10:58

          動物の出目、ヒトの奥目

           

          トウ先生、わたしは少々出目のようなのですが、目にとって良くないでしょうか。

           

          世の中には、出目の人、奥目の人、そしてちょうどいい人とさまざまいますが、特に悩んだり、気に病む必要はありませんよ。出目の利点は突出している分だけ視野が広くなることであり、奥目のいい点は奥に引っ込んでいる分だけケガをしにくいことです。出目の人は、自分は他の人より広々と見えているのだと思えばいいでしょう。

          ヒトはもともとサルと同じように奥目の動物のようですが、脳が発達するにしたがって、脳の容積が増え、その分だけ眼球が前に押し出されて奥目であることが目立たなくなったようです。

           

          物の場合は、奥目と出目、どちらが多いのでしょうか。

           

          一般的に草食動物はひどい出目、肉食動物は軽い出目、そしてヒトとサルの霊長類だけが奥目のようです。これはそれぞれの目の役割からすると、非常に理にかなっています。

          ウサギやウマなどの草食動物は、肉食動物から身を守るために、どの方向から敵が来てもすぐ発見し、逃げなければなりません。草食動物の目は顔の側面について出目なので、ほぼ360度の広い視野を得ています。

           

          食動物も出目ということですが、肉食動物にとっての利点は何ですか?

           

          獲物を追いかける側の肉食動物は、自分の前方正面がよりよく見えること、しかもある程度視野が広いことが必要です。ですから、目は顔の前面についていますが、両目は軽い出目で少し斜視のように完全に正面でなくて外を向いています。一般的に動物にとっては、より広い視野を得ることが目の大きな役割です。出目であることは大変好都合なのです。

           

          トは奥目の動物ということですが、その方がヒトにとって好都合なのでしょうか。

           

          私たち霊長類が他の動物と大いに違う点は、上肢(手)が自由に使えることです。手先の仕事をするには手元がよく見えなければなりません。ヒトの目は顔の前面に並んでついていて、手元や正面を両方の目で見るようになっています。広い視野を得ることは目の配置上困難ですから、今さら出目である必要もなく、ケガをしにくい奥目になっているのかもしれませんね。

           

          (原作:医学博士  武藤政春)

           

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            動物も眼の病気になるの?

            • 2019.01.22 Tuesday
            • 18:12

            動物も眼の病気になるの?

             

            トウ先生、動物も白内障などの眼病になったりするのでしょうか?

             

            動物の目もヒトと同じようにありとあらゆる眼病が現れますよ。結膜炎、角膜炎、白内障、緑内障、眼底疾患、各種の先天異常などが代表的なものです。あまり関心が払われないものとして、近視などの屈折異常、斜視、弱視、眼精疲労などがあります。

             

            の病気に関してはヒトとあまり変わらないのですね。

             

            そうですね。ただ、動物の目の病気に関しては、ヒトと異なる点が二つあります。一つは喧嘩によるケガが多いことです。もう一つは、病院に来るのが決して患者自身の意志ではなく、飼い主の意向によるということです。ヒトの場合は、痛いとか見にくいとかの自覚症状があれば自ら医者にかかりますが、動物は自覚症状を訴えることはありません。

             

            かに動物の場合は、外から見てわかる異常がなければ気が付かないかもしれません。

             

            目やにが出て充血する結膜炎や角膜炎、強い充血が起こって瞳が混濁する前部葡萄膜炎、瞳が白くなってくる白内障などが、どうしても目立つようになります。白内障などは、人間ばかりでなく動物の目でもポピュラーな疾患となっていて、手術も盛んに行われています。

            逆に眼底疾患や緑内障は視力障害が相当進行しないと飼い主に気付かれません。緑内障で医者に連れられてきたときは、ほとんど失明している場合が多く、動物眼で行われる緑内障手術は、視機能の回復や維持というより、痛みをやわらげたり美容的な意味(眼球の突出を防ぐ)で行われるようです。

             

            物の眼も人間と同じように手術による治療がされているのですね。

             

            驚くべきことに、動物に対する美容整形手術なども結構盛んに行われているようです。血統書付きの高級ペットほど盛んなようですが、もっと自分のペットを個性的にしようというのでしょうか。すべて飼い主の一存で手術が行われているようです。果たして手術される動物自身は喜んでいるのでしょうか、一度聞いてみたいものです。

             

            (原作:医学博士  武藤政春)

             

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              『二十四の瞳』英語でどう訳す?

              • 2018.12.22 Saturday
              • 16:50

              『二十四の瞳』英語でどう訳す?

               

              日久々に『二十四の瞳』を読み返しました。初めて手に取ったのは随分昔のことになりますが、感動が色褪せることのない作品ですね。

               

              昭和三年、小豆島の小学校の分教場に赴任してきた大石先生と一年生十二人の教え子たちとの物語でしたね。昭和二十七年に発表された二年後に映画化されて空前の大ヒットとなり、海外にも翻訳、紹介されたと聞いています。

              英語訳された『二十四の瞳』の題名については、なかなか面白い話があります。今日はその話をしましょう。

               

              語にそのまま訳すと“Twenty-four pupils”などとなりますでしょうか?

               

              “pupil”には二つの意味があります。一つは「生徒・児童」の意味、もう一つは「瞳・瞳孔」の意味です。もしも先の題名だとすると、「二十四の瞳」か「二十四人の生徒」の意味かはっきり分かりませんね。

              以前、丸善の「本の図書館」館長に問い合わせ、教えていただいたところ、“Twenty-four eyes”という題名で、昭和三十二年に英訳出版されたということでした。「二十四の瞳」でなく「二十四の目」では多少文学の薫りが薄れるかもしれませんが、紛らわしいpupilという単語を使うのは避けたようです。

               

              「二十四の目」ですか…確かに随分趣の違う題名になりますね。Pupilにはなぜ「瞳」と「生徒」という紛らわしい二つの意味があるのでしょう。

               

              Pupilの語源は、ラテン語のpupillaです。pupillaという単語は、pupa(少女)、pupus(少年)の指小語(「小さい」を表す接辞のついた単語)で、もともと小さな子どもという意味です。それがなぜ瞳という意味にも使われるようになったかというと、眺める人の小さな像が瞳孔に映って見え、まるでそこに小さな子がいるように見えるからのようです。

              翻って見れば、中国語である「瞳」は「目の童」と書きますし、日本語の「ひとみ」は「人見」のことです。発想は洋の東西を問わず同じであるようですね。

               

              (原作:医学博士  武藤政春)

               

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                哺乳類が座頭になったら? 〜座頭の動物たち(2)〜

                • 2018.12.11 Tuesday
                • 16:18

                哺乳類が座頭になったら? 〜座頭の動物たち(2)〜

                 

                回はもし動物が座頭になったら、とうテーマで魚類、鳥類についてお話をいただきました。そして次は哺乳類の場合についてですね。

                 

                哺乳類はサルやヒトなどを除いて一般的に視覚よりも聴覚や臭覚のほうが鋭敏です。イヌやネコなどは、臭覚や聴覚が鋭いので、座頭になったとしても、何とかエサを見つけたり、敵から逃れることが可能でしょう。

                ゾウも、もともと視覚はあまり鋭敏ではなく、頼りにしているのは鼻なのです。ゾウは、5キロメートル先の臭いを感じるという大変な鼻の持ち主です。

                 

                ウの鼻は大きいばかりでなく、大変優れた感覚器官なのですね。

                 

                モグラやクジラなども座頭になったとしても生存するのに大きな影響はないと考えられます。もともと視覚を頼りに生きているわけではないからです。モグラは臭覚を、クジラは聴覚を頼りにしていて、視覚はほとんどありません。

                視・聴・臭の感覚の重要度が、それぞれ異なっていますが、哺乳類は意外に視覚に頼っていない動物が多く、座頭になっても生きていける場合が多いようです。

                 

                所に失明に近い状態のイヌがいますが、時々柱に頭をぶつけているそうです。優れた臭覚でエサのありかはわかっても、障害物の所在は判断できないのでしょうね。

                 

                そうですね。しかし座頭になっても障害物を巧みによけて運動できる器用な動物もいます。コウモリは自ら超音波を発信し、障害物やエサなどに当ってはね返ってくる反射音波を聞きながら運動しています。イルカも同様の超音波を発信して運動しています。

                また、魚は体の両側にある側線器によって、障害物をよけて運動することができます。この側線器は、わずかな水の振動によって水の流れの方向や速さ、水深、水中の物体の存在と距離などを測定感覚できるようになっています。魚は目が見えなくても障害物の存在を知ることができるのです。

                 

                ウモリやイルカ、魚たちは、仕込み杖に頼って歩く座頭市よりも感覚という点では一枚上手のようですね!

                 

                (原作:医学博士 武藤政春)

                 

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                  ザトウクジラは目が見えないの? 〜座頭の動物たち(1)〜

                  • 2018.11.28 Wednesday
                  • 14:53

                  ザトウクジラは目が見えないの? 〜座頭の動物たち(1)〜

                   

                  トウ先生、ザトウクジラというクジラがいますが、「座頭」と言うからには目が見えていないということなのでしょうか。

                   

                  「座頭」は江戸期における盲人の階級の一つですね。一昔前には、『座頭市物語』という映画が一世を風靡したこともあります。

                  ザトウクジラはヒゲクジラの一種ですが、遊泳速度が遅いので目が見えないと連想され、この名がつけられたそうですよ。もともとクジラはあまり目が働いていませんが、ほかのクジラが俊敏であるのにザトウクジラだけがもたもた動くので、目が不自由であるように考えられたのです。

                   

                  が見えていないということではないのですね。座頭市は、目の不自由な主人公が活躍する物語でしたが、もしも動物が座頭になったらどうなるのでしょうか?

                   

                  まず魚類の場合はどうでしょう。この疑問に答える興味深い事実があります。あるとき漁師が海で盲目のタラを釣り上げたことがありました。腹を切り開いたところ、胃には食物がいっぱいだったそうです。つまりタラは目が見えなくてもエサをあさることができたのです。このことを知った人が実験を行った結果、魚は視覚よりも臭覚を使ってエサを捕らえることがわかりました。

                  両生類や爬虫類も臭覚が鋭いので、座頭になったとしても何とか生き延びられるかもしれません。しかし、トカゲやカメレオンなどは、もっぱら視覚を頼りに行動していますから、生き残ることは難しいでしょう。

                   

                  類はどうでしょうか。空を飛ぶためには優れた視力は欠かせないように思いますが。

                   

                  鳥類は聴覚や臭覚も非常に鋭敏であると考えられていますが、大空を自由に飛び回るためには、鋭い視力が必要ですね。昼行性の鳥が座頭になったら命も危ういでしょう。

                  鳥は鳥でも夜行性の鳥は別です。あるとき白内障におかされた盲目のフクロウが発見されましたが、そのフクロウは痩せるどころかよく太っていたそうです。その秘密は聴覚にあります。フクロウの聴覚は、昼行性の鳥類の数倍も鋭敏であることが知られています。フクロウもまた、座頭になったとしてもあまり困ることはないと思われます。

                   

                  れた聴力が視力を補って余りあるのですね。では次回、哺乳類の場合についてもぜひお話を聞かせてください。

                   

                  (原作:医学博士 武藤政春)

                   

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                    コンタクトレンズの歴史

                    • 2018.10.30 Tuesday
                    • 09:45

                    コンタクトレンズの歴史

                     

                    前お話しいただいたメガネの歴史は、たいへん興味深いものでした。メガネ同様、コンタクトレンズも広く使われていますが、コンタクトレンズはいつ頃出来たのでしょうか。

                     

                    眼鏡レンズには2つの欠点があります。眼鏡レンズが眼球から離れて存在していること、そして眼鏡レンズは顔面に固定され、眼球とともに動くものではないことです。この2つの欠点を解消するためには、レンズを出来る限り眼球に近づけ眼球とともに動くようにする、つまり角膜にコンタクト(接触)させればよいわけです。このような発想は19世紀中頃に生まれ、1920年代頃から実際に作られ使用されるようになりました。

                     

                    んなに以前から、コンタクトレンズは作られていたのですか。

                     

                    ただ、当時のコンタクトレンズの原料はガラスであったため、割れやすく、割れると割面が鋭利になること、そしてそもそも角膜にキズがつきやすいなどの理由で、広く普及するには至りませんでした。

                    1940年代以降、プラスチック工業が発達し、これはガラスよりも割れにくく、角膜に対する刺激が少ないという長所を持っていました。これをレンズとして用いるようになってから、コンタクトレンズが爆発的に普及するようになったのです。

                     

                    ードコンタクトレンズのはじまりですね。爆発的に普及したということは、多くの人が目の見え方に悩んでいたのでしょうね。

                     

                    特に強度の屈折異常や不同視を持つ人達にとっては、眼鏡では得られない「見やすさ」が与えられたわけです。ただ、一部の人達はその恩恵にあずかれませんでした。ハードレンズというものは、装用時にいくばくか異物感を伴うものです。その痛みに耐えられない人々は、結局「ハードレンズ」の恩恵に浴せなかったのです。

                    そこで、装用時に痛くないレンズの開発がすすめられました。こうして出来たのがソフトコンタクトレンズです。柔らかく痛くないソフトレンズにもまだ欠点はありますが、近年、ハードレンズ、ソフトレンズ両者の長所を取り入れたレンズも開発されてきています。

                     

                    想のコンタクトレンズのために、今もなお技術は進歩を続けているのですね。

                     

                    (原作:医学博士 武藤政春)

                     

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