清少納言は遠視だった?

  • 2017.12.10 Sunday
  • 10:33


清少納言は遠視だった?

 

 

近はめっきり朝が寒くなりましたね。寒い早朝には、枕草子の「冬はつとめて」という一節が思い出されます。

 

冬は早朝が良いという有名な一節ですね。枕草子を書いた清少納言は、紫式部と並び称される才媛ですが、勝気で強情な性格の女性であったようです。三十九段では、「夜鳴くもの、なにもなにもめでたし。ちごどものみぞさしもなき。(夜鳴くものは何から何まで風情があって全て結構である。ただ赤子だけはそうじゃない)」と書かれ、彼女には母性本能というものがあったのだろうかと、疑いたくなってしまう程です。

 

 

んなことも書いているのですね…。勉強家で、優れた作品を著した彼女は、目も酷使したのではないだろうかと思いますが?

 

枕草子をひもとくと、清少納言の目がどのような目であったか、何となく想像できます。

                                                    

一段「雁などのつらねたるがいとちいさく見ゆるはいとおかし」

(雁なんかの列をなしているのが空の遠くに大層小さく見えるのなんかは大変面白い)

 

三十九段「鷺はいとみめも見苦し。まなこゐなども、うたてよろづになつかしからねど」

(鷺は大変見た目も見苦しい。目付なんかもいやらしく、万事ひかれる点はないが)

 

など、遠くを飛んでいる雁の様子や、やはり遠くを飛んでいるはずの鷺の目付きがよく観察出来ていることから、遠方視力は充分よかったものと思われますね。

 

 

くまでよく見える、視力の良い目だったということでしょうか。

 

一方で、百五十五段では、薄暗い所で針に糸を通すのがじれったいということを述べています。薄暗い所で近くを見るのに若干不自由していたようですね。
彼女が枕草子を書いたのは33歳頃のことと考えられています。三十三歳で近くが不自由になるというのは、ちと早すぎますね。
遠方はよく見えていて、若いうちから近くが見づらくなっていたということになると、清少納言はどうやら、軽い遠視であったのではなかろうかと思われます。

 

(原作:医学博士  武藤政春)

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