日本人とトラコーマ 〜トラコーマの歴史(2)〜

  • 2019.04.04 Thursday
  • 14:03

日本人とトラコーマ 〜トラコーマの歴史(2)〜

 

回は伝染性の眼病トラコーマが世界中に広がっていった歴史についてお話しいただきました。その恐ろしいトラコーマが、日本に伝わったのはいつなのでしょうか。

 

チンギス・ハンの大遠征によって、お隣の中国にはかなり古くからトラコーマがありました。しかし日本には殆ど伝わっていなかったようです。これは日本が島国であったことが幸いしていたようですね。

日本にトラコーマが蔓延するようになるのは、御多分にもれず戦争をきっかけとしてでした。明治27年に起こった日清戦争で、日本の兵士が大挙して中国大陸に渡りましたが、この兵士達がかの地でトラコーマをもらい、これを持ち帰ってから、日本にも猛烈な勢いで伝染するようになったのです。

 

ラコーマは明治時代に伝わったのですか。やはり日本でも戦争が契機になったのですね。

 

トラコーマがどれだけ慌しく日本に渡来したのかというのは、その名前をみてもわかります。病気の名前というのは、日本語でも名付けられているのが普通ですが、トラコーマだけは余りにも急速に日本中に蔓延したために、日本語の病名を名付ける暇がなく、唯ラテン語のTrachomaを片仮名にしただけになっています。

Trachomaというのは、ラテン語のtrachys(ざらざらな)+oma(できもの)という意味です。トラコーマは、まぶたの裏の結膜に「つぶつぶ」ができて、眼がゴロゴロと痛むのが特徴であるが、そんな所からこのような名前が名付けられたのでしょう。

 

ろしい眼病のトラコーマですが、現在の日本ではその名を聞くこともありません。

 

日本において、実際にトラコーマが猛威をふるった期間はわずか50年くらいでした。戦後の抗生物質の開発、公衆衛生の充実によって、日本においてはほぼ撲滅された病気です。

日本人にとって、トラコーマとの戦いはまさに一陣の風のようなものであったわけですが、その印象は今なお強烈なのです。

 

(原作:医学博士  武藤政春)

 

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